Giant Killing 大番狂わせはお好きですか?

はい。好きです。


ということで今さらですが漫画『GIANT KILLING』を読みました。
現在3巻の途中でいてもたってもおられず、ブログをなぜか書き始めました。
やべえなこれ。
どハマりの予感!!

負けらんねぇとか思ってんなよ、それじゃ勝てねぇんだぞ

Uターンする先が無い神奈川県民、とおくに感じてきた移住を考える

わたしは神奈川県出身である。

中途半端なアーバン感とルーラル感のはざまにある「田園都市線」の民であった。

近い。どこにだってアクセスがいい。混雑を忘れれば。
今の住まいからもそれなりの時間で着く。
往復1000円かからない。

そうした、Uターンする先すらないわたしが
「移住したい」と思うのにはかなりの時間を要した。


そもそも「帰省」に自分との距離を感じる。

長期休みの前になると必ずオフィスではずむ関西弁。

「いつ帰るん?」
「新幹線とられへん・・・あかん今回はバスやあ」
「おかん、『いつ来んねん』てひつこい」
(エセ関西弁だというご指摘はご容赦を)

皆、
面倒だとか
忙しいとか
ちょっとしか帰れないとか
逆に長過ぎるとか
メシ食って帰ってもメシ出てくるとかぶつくさいいながら
それぞれニコニコしている。

それが「イナカ」の存在なんだと知った。
そして、羨ましいと感じた。

わたしだって「帰りたい」。
(いや、実家、電車ですぐだぞ。)

わたしだって新幹線のりたい。
旅行じゃなくて出張じゃなくて、
どこかに「行く」ためじゃなく「帰る」ために乗りたい。

わたしだって「地元」で、、、

そうして、「地元」に憧れができた。


「地元」への憧れがうまれてからというもの、
満員電車に揺られ、

ポジション争いをするオッチャンをみながら思うのは
「いつまでこの生活をするのか」ということだ。

田園都市線民にとってはラッシュは日常だった。

それまでは別になんも考えてなかった。

でもいきなり、「この生活はどこまで?」と思うようになった。

「いつまで消耗してるの」みたいなほど考えたアレじゃなくて。

だって、消耗は楽しい。考えなしには、楽しい。
でも、20年後もそう言えるのかというと、自信はあまりない。

そんなことを考えてる時点でもはや、
わたしの現在の住まいは「地元」ではないのかもしれない。

そこに思考が行き着いたとき、わたしは「移住」したいのかもしれないと思った。

根を生やして、帰るための暮らしをしたい。
ひとつづつ毎日を暮らしたい。

次の休みには、これまでと違う視点で旅行に行ってみようと思う。

千里のみちも、1歩から。
移住計画は、旅行から。

子どもと笑顔でごはんをたべるまでの険しい道のり

先日、仕事帰りにむすこを保育園でピックアップしたのち、
近所のスーパーに買い物に行った。
18:00をまわっていた。
 
18:00まわったスーパーって、
夕飯の買い物もひとだんらくして、
少し店内が落ち着いてる。そんな時間帯ですよね。
 
そんな中に
かなり大きな声で叫ぶように泣いてる子がいた。
4歳か5歳くらいの女の子。
保育園バッグをもってたので保育園帰りだと思う。
 
こじらせてしまったみたいで、ものすごい泣き方。
家でああいう泣き方させてしまうと、
「虐待で通報されるかも・・・」と心配しちゃうような。
おかあさんもうんざり顔。
というか疲れ果ててた。
 
わかるわかる。
 
仕事して帰ってきて、
可愛い我が子と夕飯ニコニコたべて。
 
そうしたいのはわたしたちだってそうなのに
なかなか難しいんだよね。
もう、いろいろムリだよねー。
泣きたいよな一緒に。
むしろ泣いちゃえ!
 
そしてそこの女の子!
あなたの気持ちもわかるわかる。
疲れちゃったんだよね。
保育園おつかれさま。
たのしいけどたくさんのことが起きる集団生活だもんね。
おつかれさま。
 
うーん、
何か声をかけたいけど、
さらにこじらせてしまったらほんとに申し訳ないし、うーん。
それにしてもあの子ほんとにずーっと泣いてるな。
しかもあの大声。
おかあさん、かなりこたえるだろうなあ。
あの子ももうなんで泣いてたんだかよくわからないんだろうな。
 
と悩みながらも買い物を終え、買ったものをふくろに詰めてたら
となりにいた50代くらいのおばさまがその母子に声をかけた。
 
 
「ずっと泣かせてんじゃないよ。
 迷惑だよ。
 子どもがかわいそうだよ。」
 
 
耳を疑ったけど現実だった。
 
ことばで母子を追い詰めつづける。
「店に来たら泣かせてんじゃないよ。
 泣き止ませなよ。
 子どもがかわいそうだよ。」
矢継ぎ早に詰めて言う。
「ねえ、あなたかわいそうにねえ。」
と女の子に声をかける。
 
おばちゃん、わからないならお伝えさせてください。
 
・泣いているのは疲れもあること
・疲れはその場で解決できることではないこと
・泣き続ける子どもの中には障がいがあるなどの可能性もあること
・誰だって好きで18:00まわった疲労困憊状態で買い物にきてるわけじゃないこと
 (18:00買い物だと夕飯が19:00まわる。
 お風呂あがるのが早くて20:00。
 そうすると就寝が…翌日起きるのが…と
 ワーママ的には翌日にまで響くタイトな行程を強いられる。)
・子どもに「かわいそう」と声をかけるのは何も生み出さない。やめてくれ
 
そのお母さんは、ひたすら謝っていた。
いいわけもしないで、説明もしないでひたすら。
 
その母子はわたしたち母子だったかもしれない。
涙が出そうだった。
たまたま今日じゃなかっただけだ。
 
でもそのお母さんが泣いてないのにわたしが泣く訳にもいかず
そしておばちゃんに声をかけるか迷っていたら、
トイレにその母子が場所をうつした。
 
思わず追いかけて声をかけた。
個室の中でお母さんは泣いていた。
むすこが「がんばれえ!」って叫んだ。
わたしもいっしょにちょっと泣いた。
それがだいじだと思ったから。
 
みなさん、お願いだから、そういうときは
「だいじょうぶ?だいじょうぶじゃないよねえ(笑)」って声をかけてほしいです。
けっこうギリギリなひとにとっては、すごくほっとするので。

音楽が売れないということ、わたしたちの生活が枯れるということ

あの横山健が『Mステ』に出た
「あなたもセルアウトするんですね。」

「あなたもセルアウトするんですね。」
と思うには十分に衝撃的なニュースだった。

でも、オンエアを見て、
横山健さんのコラムを読んだら、

そこには本気で向き合う姿があって、
ひな壇に座っているご自身のイメージは
想像するだけで辛いものがあるだろうに
(Mステのことも健さんのこともDisってるわけじゃないです。)
滑稽(Disってるわけじゃ略)だとも感じるのが
分かりきっていてもなお
そこに立たなければならない、
と立ち上がったのだと知らされた。

こはカッコつけて言うが、オレ自身や Ken Band はこの際どうでも良い。ただアイドル、アニメ主題歌が全盛のいまの時代、子ども達はロックンロール/パンクロックの存在など知らないだろう。なにしろわかりやすいキッカケがないのだから。大人達も忘れてしまっているだろう。かつてハイスタに熱狂した世代も、年を重ねるにつれて仕事が忙しくなったり、家庭を持ったり、子どもの世話に追われたり…きっとロックンロールどころではなくなった人も多いはずだ。
 子ども達には「こんなラフな音楽あるんだよ、ロックンロールっていうんだよ」っていうのを見せたかったし、大人達には「ほら、かつて君達が熱狂したあれ、まだ死んでねぇぞ」っていうのを届けたくなった。

   横山健の別に危なくないコラムより

プレイヤーに「つまんねえな」と思わせてしまうリスナーたち

ここのところ出てきた音楽配信サービスの一部で、
何がすばらしいって
「有料であること」だと思うんです。

 

今、無料でいい音楽を聴くことが
出来る状況にあるだけに、

そんなもんなように思ってしまいがちだけど、

コンテンツは無料であるべきではない。
コンテンツはお金をかけて作られているから。

 

正当な対価がなければ、制作する人間も当然減る。
当たり前のことで、「つまらない」んだから。

対価はお金だけに限ったものではない。
動員かもしれない。
賞賛の声かもしれない。
でも、「賞賛の声」じゃあ、支援にならない。

 

わたしは、音楽が好きで好きで
バンドやってる人がとにかく輝いてみえて
憧れ果てたけど、

才能もなく
いや、才能なんてものに頼り音楽やってる人はほんの少しで
努力をみなさん本当にしてて
で、その努力をする勇気もなく
いちリスナーとしてわたしは存在してるんですけど
だからこそ思う。

リスナーはパトロンであるべきだと

パトロンとして適正な対価を支払う

【提供される⇒対価を支払う】
これによりようやく私たちは対等な立場に立てる。

【提供される⇒対価を支払わない】
これはリスナーによる搾取?
プレイヤーによる奉仕?

それじゃあリスナーはいつまでもプレイヤーに
「提供してくださいましてありがとうごぜーやす。
 ははあー!」

と、頭を下げなければいけないし、

「あなたの曲好きだから、もっとリリースしてよ」
と、要望を出すことも許されないのではないだろうか。
だってお相手はボランティアなんだから。
 

何らかの「反応」がなければ
プレイヤーの離脱、シーンの縮小が今後もつづく。

 

もう、そうしたら、

ホコ天時代のバンドブームも、

わたしたち世代が熱狂した90年代バンドブームも、

20代なかばの皆さんがお好きであろう
エルレ」も、「バンプ」も、

10年代を代表して行くであろう
セカオワ」も、「マンウィズ」も、

ぜんぶぜんぶ、
もうこのままじゃこの先出てこないんじゃないかな。

いいプレイヤーが現在進行形で存在しなければ、
未来形も期待しづらい。

 

「音楽が売れない」
ことは、こういうこと。
つまらなくなる。

 

でも、
無料のプラットフォームがあれば
無料層のユーザーがそっちに流れるのは当たり前。
だってタダって嬉しいから。
そりゃあ当たり前だよね・・・そう感じもする。

●だから早く駆逐されてほしい、違法ストリーミングアプリは。
●プレイヤーもそういったプラットフォームがあることを
 理解して策を練らなければならない
●リスナーは、気が向いたら、1枚、CDを買ってみていただきたい。
 分かってます!結局iPhoneに入れるのも。
 でも、投げ銭だと思って。
 それがめちゃくちゃ大事なんです。
 無料アプリを今すぐ削除すべきというわけじゃなく、
 それを「試食」の位置づけにできたらいいんじゃないだろうか。

 もう一度、シーンにお金を落とせたら。
 ここでもういちど
 
横山健の別に危なくないコラム

 

提供してくれる側に求められていること 

リスナーがレコードショップのラックの前で、
迷ってる3枚のレコードをを目の前に置いて、
腕組みして
悩みに悩んで
ジャケットでエイヤ!って決めて
そんで失敗して悔しかったり
ドンピシャで嬉しくて悶絶する時代は

もう終わったっていうことはプレイヤーも受け入れながら、
やってかなきゃならない。

大きな潮流に乗っかるのか、
音楽エージェント金野和磨は乗っかると宣言してた)
ものすごい力で反発するのか、
(自前でペイントしたカセットをリリースしたり

 ライブ会場でトレーディングカード配布を行う
 某パンクレーベルとか)

それは選択ですけど、
でも、無視はもうできない。

 

あれ?なんかよくわかんなくなったけど
何が書きたかったかというと
横山健さんのコラム読んで泣けたということです。

東村アキコはペンで妙齢の「女子」たちを殺すのか

「タラレバ娘」読みました。

ちょっとこれは勘弁。。。
これが印象のすべてです。

東村アキコさんという方はどこまでも傷を明るみに晒しますね。
どこまでも。。(白目)

やっちゃだめだ。やっちゃだめだー!とめっちゃ大音量でブザーの鳴る
鬼門感満載な男子とやっちゃうよ。

そうだよね、そこでやっちゃうから
「もっと若かったら」
「もしあのときああしていれば」と
いつまでもタラレバしてるんだよね。ははは・・・

わたしは結婚して子どももいるから、
タラレバな彼女たちに「分かる」なんて言ったら
「爆発しろ」ってなるのかもしれませんが、
結局タラレバ属性というのは社会的なフェイズのようなものに因るものじゃないんです。

子どもがいてもタラレバするやつはする。(わたし)

そんなわけでこれを読んでいるとかなりダメージをくらいます。

サイコーにおすすめです。

しかしまあ本当に東村さんて方は恐ろしい方やで・・・・
みんなが目をつぶりたくて目を背けたくてフタをしてるものを
「ねえここ腐ってない?ほらほら」って掘っくり返すんだから・・・・

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